初秋、小樽へ行ってきました。
「潮祭り(うしおまつり)」のオブジェ。
お祭りでは沢山の花火が上がるそうです🎆
なになに? 榎本武揚(えのもとたけあき)の夢…?
榎本武揚(1836-1908)は江戸生まれ、オランダへ留学。
箱館戦争では旧幕府軍総裁として、五稜郭で最後まで戦いました。
北海道開拓使となり、その後小樽の土地を購入、市街地開発を進めたとか…
元々は人が暮らせる環境ではなかった小樽を長崎の様な貿易の街にしようと尽力された方だそうです。
▼ 映画「燃えよ剣」の箱館戦争では、榎本武揚出てこなかった気が?
魅力的な人物で、土方歳三戦死の際はとても心を痛めたとか…
西洋風なノスタルジックで綺麗な街並みの小樽
手宮線跡地
手宮線という鉄道廃線跡地が、遊歩道として整備されてます。
沢山の外国人の方々が記念撮影をしていました。
1.6kmの散策路になっているそうで、今度歩いてみたい…
LeTAO 運河プラザ店
1894年(明治27年) 港に隣接した場所に建造された旧小樽倉庫を活用した店舗
Le Tour Amitie Otaru(親愛なる小樽の塔)の頭文字と、小樽(おたる)の逆さ読みと、両方の意味がある様です。
お土産売り場と、フードコート🍦、奥にバーもありました!
美味しい!!コーンもおしゃれなやつです。
クレームグラッセマリアージュ ¥450
食べる場所も広々✨
木の骨組みと石の外壁を組み合わせた、木骨石造の倉庫。
耐久性と柔軟性の両立と、耐火性、耐震性を備えた建築様式。
レトロで美しく、かつ、しっかりした技術が今もこうして間近で見れるのは貴重ですね。
標識に「旭展望台」という文字を見つけ、向かいました。
旭展望台駐車場の一角に建つ銅像
安達与五郎(あどちよごろう)像
元小樽市長だそうです。
駐車場から展望台はすぐです。
真っ青な空と海!!
小樽の街並みが一望出来ます。
展望台の逆方向も散策すると…
うおっ!びっくりしたー!顔が…!!
小林多喜二文学碑
小林多喜二(1903-1933)は秋田生まれ、4歳の時に一家で小樽に移住しました。
文学者であり、共産主義者、政治運動家。
本を見開きにしたモチーフの碑は、右上の小さな人物が多喜二の肖像レリーフ
左の顔は「働く若者の頭像」だそうです。
地道に2年の募金活動を経て建てられました。
冬が近くなるとぼくはそのなつかしい国のことを考えて深い感動に捉えられている
そこには運河と倉庫と税関と桟橋があるーー
多喜二が友人に送った書簡の一節。小樽への郷愁と愛情に滲み出てます。
「蟹工船」は映画化もしましたね。
北洋の蟹漁が舞台の作品。
過酷な労働と惨状、労働者達がその劣悪な環境に抗い、団結し立ち上がる姿が描かれ
当時は発禁処分に。
ーーー多喜二は29歳の若さで、警察の凄惨な拷問により亡くなりました。
多喜二の母、古林セキの物語も2017年に、寺島しのぶさん主演で映画化しています。
小樽の発展には、重く厳しい労働があったんだと思いを馳せました。
「潮祭り(うしおまつり)」のオブジェ。
お祭りでは沢山の花火が上がるそうです🎆
なになに? 榎本武揚(えのもとたけあき)の夢…?
榎本武揚(1836-1908)は江戸生まれ、オランダへ留学。
箱館戦争では旧幕府軍総裁として、五稜郭で最後まで戦いました。
北海道開拓使となり、その後小樽の土地を購入、市街地開発を進めたとか…
元々は人が暮らせる環境ではなかった小樽を長崎の様な貿易の街にしようと尽力された方だそうです。
▼ 映画「燃えよ剣」の箱館戦争では、榎本武揚出てこなかった気が?
魅力的な人物で、土方歳三戦死の際はとても心を痛めたとか…
西洋風なノスタルジックで綺麗な街並みの小樽
手宮線跡地
手宮線という鉄道廃線跡地が、遊歩道として整備されてます。
沢山の外国人の方々が記念撮影をしていました。
1.6kmの散策路になっているそうで、今度歩いてみたい…
LeTAO 運河プラザ店
1894年(明治27年) 港に隣接した場所に建造された旧小樽倉庫を活用した店舗
Le Tour Amitie Otaru(親愛なる小樽の塔)の頭文字と、小樽(おたる)の逆さ読みと、両方の意味がある様です。
お土産売り場と、フードコート🍦、奥にバーもありました!
美味しい!!コーンもおしゃれなやつです。
クレームグラッセマリアージュ ¥450
食べる場所も広々✨
木の骨組みと石の外壁を組み合わせた、木骨石造の倉庫。
耐久性と柔軟性の両立と、耐火性、耐震性を備えた建築様式。
レトロで美しく、かつ、しっかりした技術が今もこうして間近で見れるのは貴重ですね。
標識に「旭展望台」という文字を見つけ、向かいました。
旭展望台駐車場の一角に建つ銅像
安達与五郎(あどちよごろう)像
元小樽市長だそうです。
駐車場から展望台はすぐです。
真っ青な空と海!!
小樽の街並みが一望出来ます。
展望台の逆方向も散策すると…
うおっ!びっくりしたー!顔が…!!
小林多喜二文学碑
小林多喜二(1903-1933)は秋田生まれ、4歳の時に一家で小樽に移住しました。
文学者であり、共産主義者、政治運動家。
本を見開きにしたモチーフの碑は、右上の小さな人物が多喜二の肖像レリーフ
左の顔は「働く若者の頭像」だそうです。
地道に2年の募金活動を経て建てられました。
冬が近くなるとぼくはそのなつかしい国のことを考えて深い感動に捉えられている
そこには運河と倉庫と税関と桟橋があるーー
多喜二が友人に送った書簡の一節。小樽への郷愁と愛情に滲み出てます。
「蟹工船」は映画化もしましたね。
北洋の蟹漁が舞台の作品。
過酷な労働と惨状、労働者達がその劣悪な環境に抗い、団結し立ち上がる姿が描かれ
当時は発禁処分に。
ーーー多喜二は29歳の若さで、警察の凄惨な拷問により亡くなりました。
多喜二の母、古林セキの物語も2017年に、寺島しのぶさん主演で映画化しています。
小樽の発展には、重く厳しい労働があったんだと思いを馳せました。
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