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大規模改修を経てリニューアルした「旧函館区公会堂」へ!豪華絢爛な館内と歴史、建設を支えた北海道一の大富豪・相馬哲平の人物像に迫ります。函館・元町の散策記です。

▽ 改修工事中だった「旧函館区公会堂」(2019.GW)

旧函館区公会堂

  
🎫 2館共通入館券 500円

約2年半におよぶ大規模な保存修理工事を経て(工事期間: 2018年-2021年)
2021年4月にリニューアルオープンしました。

やっと見れました〜〜(人´∀`)

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この黄色とブルーの鮮やかな旧函館区公会堂!

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まるでヨーロッパの宮殿や貴族の館のような豪華絢爛さです。

階段にはレッドカーペットを留める金具が付いています。

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バルコニーに面した大広間(130坪)は超広々!

明治・大正時代、社交界の面々が煌びやかに舞踏会を開いていた様子が目に浮かぶようです。

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ピアノ

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バルコニーから一望できる函館港。曇り☁️

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当時のハイカラな人々は…踊り明かしては、このバルコニーに出て夜景を見下ろしたのでしょうかね✨

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アンティークなカーテンと木枠の窓
 
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窓枠が黄色

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焼失から生まれた迎賓館

  
折角なので、旧函館区公会堂の歴史を少し見てみましょう。

1907年(明治40年)の函館大火で、住民たちの「町会所」が焼失してしまいました。

新たな集会場を建てる際、建設協議会はただの市民館ではなく
「外国の要人や国賓をお迎えする最高級ホテル」も兼ねた複合施設を計画したそうです。

当初は資金が集まらず難航…。

そこへ現れたのが、函館の豪商・相馬哲平(そうまてっぺい)でした。

商業会議所事務室

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御座所

紫色のモダンなソファ。

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豪華なマントルピース

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飾り棚(マントルシェルフ)の上に「大きな鏡」が置いてありますね。

こちらも鏡がずらっ。

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電気が貴重だった時代。棚の上に、蝋燭やオイルランプをたくさん置くと、その光が後ろの鏡に反射して
部屋全体を照らす設計になっていたようです。オシャ。

旧函館区公会堂

危機を救った豪商の寄付

 
話は戻って…

相馬哲平は現在の十数億円規模にあたる
「5万円(総工費の約8割)」という巨額をポンと寄付したのです。

この大奮発により超豪華仕様が実現!

(※ 総工費は5.8万円。ちなみに小樽「旧青山別邸」の建築費が31万円。
当時の「伊勢丹新宿本店」の建設費が50万円と言われた時代なので、青山別邸の破格さが際立ちます…)

皇太子時代の大正天皇が北海道を訪問された際には、実際にこの公会堂がご宿泊所として選ばれました。

そんな最高格式の「迎賓館」としての歴史もある公会堂です。

「大食堂」

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アンティークなシャンデリア

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米屋から北海道一の富豪へ

 
この、相馬哲平とは何者でしょうか?

先日、厚田のニシン漁の大網元・佐藤松太郎のお話を書きましたが、
相馬は、松太郎をはるかに上回る大資産家でした。上には上がいるものですね…(⊙ω⊙)

新潟から単身箱館へ渡った相馬は箱館戦争時はお米屋さんでした。
その時に全財産で米を買い占め、それが大金となり、その後海運業へ。

総合商社のような仕組みを作り、更に資産を増やし、最後は銀行の頭取になりました。

北海道の経済や土地を牛耳る最大の大地主になった、叩き上げの人物です。

当時の北海道の長者番付(資産家番付・漁業家番付)の記録があります。

♛ 佐藤松太郎( 1863年 〜 1918年没):
「漁業家番付」横綱 /「資産家番付」関脇

♛ 相馬哲平( 1833年 〜 1921年没):
「資産家番付」東の正横綱

ふたりが全盛期を誇ったのは、明治から大正という同時期。
北海道が一獲千金のチャンスに溢れていた華やかなゴールドラッシュの時代です。

国指定重要文化財「旧相馬家住宅」

 
旧函館区公会堂から、基坂を少し下った、元町公園のすぐ隣に「旧相馬家住宅」があります。

公会堂を見上げる位置に私邸を構えたんですね〜。

相馬邸

公会堂の洋風の見た目とは対照的な、ドシッと和風なお屋敷です。

黒い板塀と松の木が印象的な重厚な日本家屋ですが、中には「洋間(応接室)」もあるそう。
(時間がなく寄れませんでした…!)

奥の淡いグリーンの洋風の建物は相馬の私設図書館(相馬記念館)の跡地。

和と洋がミックスした函館らしい景色でした。

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そんなウルトラ大富豪・相馬哲平ですが、普段はツギハギだらけの服にボロボロの帽子で
生活は質素だったとか…。

いつも不機嫌そうで無愛想、挨拶もしないため、
周囲からは「冷酷な守銭奴」などと陰口を叩かれたそうです。

けれど、函館のためとなら、十数億円規模をあっさりと寄付してしまう。
「自分のために使う金は1銭でも無駄だが、社会のためなら惜しまない」
…そんな哲学と美学を持った人物だったのですね。

少し下の私邸から、どんな気持ちで自身が建てた公会堂を見上げていたのか。
きっと満たされた気持ちだったんじゃないかなぁ、と想像しました。

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